私が国立大蔵病院院長に就任したばかりの1996年の夏ごろ、スタンフォード大学の社会学者である西村由美子さんが大蔵病院に立ち寄られました。当時、大蔵病院では、国立小児病院と一緒に「国立成育医療センター」という子どもと母親のための病院を創設するプロジェクトが動き出していました。西村さんは、「アメリカの小児病院には必ず『ドナルド・マクドナルド・ハウス』があるのに、日本にはなぜないのでしょう?」と言われました。私も、ドナルド・マクドナルド・ハウスが実現できたら、日本の医療環境を変えることができるかもしれないと思い、「ぜひやってみましょう」と答えました。
ドナルド・マクドナルド・ハウスを作るには、日本マクドナルド社の支援が必要でしたが、社長の藤田さんは、2人ともお名前を聞いたことがあるのみで、どうしてお目にかかったらよいのかが最初の難問でした。この仲介の労をとってくださったのは、大和証券投資信託副社長(当時)の越田弘志様で、1996年12月に藤田社長に西村さんと共にお目にかかりました。
藤田社長に、私は「日本の医療を市民の協力で変えていく必要がある。それは日本に新しい医療文化を創ることである」とお話ししました。藤田社長はこちらの主張にじっと耳を傾けておられましたが、その後に、「私は、これまで日本の医療は国がきちんとやっているので、民間が援助することは必要ないし、また、ボランティアは育つ環境がないと思っていた。しかし、最近では、変わりつつあるのかもしれない」と話され、日本にもドナルド・マクドナルド・ハウスを作ることを検討しようと言ってくださいました。私と西村さんは天にも上るような嬉しさを感じたことを今でも覚えています。
明くる年の2月、藤田社長から正式の手紙が届き、成育医療センターにドナルド・マクドナルド・ハウスを作ることを正式に決定したと書いてありました。
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